素にもどれる「裏」を大切に

作詞家・精神科医・白鴎大学長の きたやまおさむさんの「わたし流」です。本名は北山修、1965年フォーク・クルセダーズ参加、「戦争を知らない子供たち」等を作詞。この世代の方には懐かしいお名前です。

そのバンド・フォーク・クルセダーズの時、京都府立医科大の医学部一年生だったそう。2年後、解散記念で製作したレコード「帰ってきたヨッパライ」が300万枚売れてデビュー。医大を休学しコンサート活動していたが、ひどい忙しさの上、観衆やマスメディアの要求にこたえる日々が苦痛になり、これ以上続けると逃げ場がなくなると感じて、1年で医学部に戻ったそうです。

音楽に熱中し、休学してデビューもしたけれど、合わないと悩んだとき、ご自分には帰る場所があった。「放り出した」「ずるい」などいろいろ言われたが、表舞台を下りても受け入れてくれる人たちが居た。実にありがたかったと。

「裏」は大事です。「楽屋」と言ってもいいのだが、すべて表だと人は辛くなります。外に向けた顔から素顔の自分に戻り、自分を保つ場所が誰しも必要。それが自分にとっては大学だったと。不特定多数とやり取りする表ではひらがなの名前を使い、裏で漢字の表記を用いるのも根っこは同じだそうです。

京都から札幌医大に移り、心療内科・精神科の道を歩み、同時に作詞や音楽活動も続けてらっしゃるようです。「あれもこれも」って悪いイメージだけど2足のわらじ、「あれとか、これとか」でいい、潔く生きないのがポリシーだとも。

人生ってそんなに面白いもんじゃない。実はみんな迷い、やるせない悲しさ、虚しさを抱える。だから、学生には遊びや余裕を大事にと伝えます。試行錯誤するモラトリウムの時間も必要でしょう、学長としては授業に来なくてもいいとは言えませんが・・と結んでいます。近著は「ハブられても生き残るための深層心理学」だそうです。

                  新聞記事「進路 わたし流」より