院長の実家の歯科医院を母屋と共に解体することになりました。市の歴史編纂課もいらして、資料取り下さって恐縮します。この古い漢字の看板は、市の広報にも掲載されました。既に治療用チエアは撤去されていますが、此処から、シュロの樹越しに道路を通る方や、お向かいの石の歴史的建物を見ながら、診療に励んでいた亡き院長の父上のご様子、弾んでいただろう患者さんとの会話が聞こえてくるようです。当時珍しかったブルーグレーのペンキが所々剥げ歴史に味わいを添えています。解体は本当に残念ですが、仕方ありません。