親の老い

先日テレビ朝日のコメンテーターに、見覚えのあるアフロヘア。あの稲垣えみ子さんでした。新聞のコラムで見た時より少しお痩せになっておられましたが、あの頃とかわらずシャキっと話されながら言葉が温かい、チャーミングな方です。

その稲垣さんが昨年書かれたザ・コラムの一部をご紹介します

・老いれば出来ないことが増え、「自分は用のない人間」と生きる気力をなくしがちだ。急な時代の変化、疎遠な家族関係も拍車をかける。うずくまった頭と心は次第に働きを止めていくのではないか。
以来「優しさを伝えること」に心を砕く。共に過ごし、話し、聞く。触れる。ほめる。感謝する。すると塞いで表情を失った人も満面の笑みを浮かべる瞬間が来る。
「人は自分に目を向けてもらったと感じたとき、生きる力を取り戻すんです」

私は優しくなれるだろうか・・。と稲垣さんの文は続いていました

2年前から田舎の両親が歳を重ねて体調崩し、大したことしていない自分でもクタクタになる現実がありました。高齢ゆえに持ち得る人としての尊厳・プライドなどに驚愕し、生まれ育った土地と今いる地域とのギャップ、歳を重ねてこそ顕著になる人格・わかりにくい行政のシステム、娘でも理解しにくい親のこだわりとおもい。右往左往しながら多くの地元の方々・お手伝い下さる方々におしえられ、そうして自分の姿も見えました。そんな時この稲垣さんの文には、「ハッ」とすることも多く、同じ状況にいる同じ年代の方々が、同じように右往左往しながらも、前に進んでいくご様子に随分と慰められました。
みんなおんなじなんですね。

 この稲垣さんの文は、高齢の親だけでなく、あらゆる人に向けられるべき眼差し・・といま私は感じています。お人柄がそうなのでしょう、稲垣さんの文章は謙虚に寄り添うお気持ちにあふれています。こんな風に在りたいなぁと思いながらいつも読ませて頂いています。