スバル 360

24日スバル360の文字を新聞で見つけ、夕飯もそこそこに主人と見入りました。二人してカーキチ?です。

百瀬晋六という方を主人は知ってました。さすが!
この方はもともとヒコーキの設計者だったそうで、いきなり「車を作りなさい」の命に戸惑いながらも大変なご苦労の末、誰も作ったことない自動車を作ったんだそうです。

GHQのと図書館に行って勉強し、町の写真屋を連れて行って文献の写真を撮らせたそうです。今でいう写メもスマホもありませんから・・。「先に絵を描け。感じのいい絵はいいものになる」と部下に言ったとか。そして昭和29年2月試作車のP-1,6人乗り、1500cc 55馬力。モノコック方式(シャシーなし)の自動車が完成。時速100キロ出たそうです。しかし社長急逝してどん詰まりに!

この百瀬さんという方は相当すごい方で、もともとシャシーなしのバス(モノコック方式)というのを「こさえ」、これがまた車内が広くて好評だったそうで、その後
”ラビットスクーター”を爆発的人気にし、乗用車の夢を叶えた方です。航空機の理論を使えば自動車もできる。出来ねえというのはやる気がねえからだ・・といって憚らない方だと当時を知る方は、尊敬のまなざしでインタビューに答えておられました。90になられる奥様もお元気お声で同じようにいってらっしゃいました。当時といえば、プロレスで
「力道山」に熱狂したころです。

このスバル360。当時の値段で42万5000円だったとか。第一号はあの松下幸之助さんがお買いになったようです。50万台も売れて、12年モデルチェンジなし。それほど高い完成度ということでしょう。

百瀬さんは「機械は人間にサービスするものである。人間を差し置いて、機械がのさばるのはよくない」を繰り返し、「エンジニアは感じニア」ともおっしゃったそうです。

当時の百瀬さんを知る方はそろって百瀬さんのことを ”終わりのない人・思考力に終わりのない人”とおっしゃっていました。

今でもすばる360を大切に乗るオーナーさんがたくさんでられて、その形のキュートさ、斬新さだけでなく、随所にちりばめられた、今でも通用する車の各所の創意工夫に絶賛されていました。本当にデザインンも何も素晴らしい。日本が誇れる車です。フランスの
2CVも大好きですが、スバルのほうがかっこいいと思ったりして。

このような百瀬さんを支えられた90になられる奥様が、とっても若々しい言葉でインタビューに答えられていることに驚嘆し、ご苦労偲ばれましたが、ひょっとして大変なご主人を支えながら奥様も当時最先端のご主人のお仕事に、大いに刺激を受けられたのでは?と拝察いたしました。
素晴らしいご夫妻とエピソードにますます素敵なスバル360でした。ラッキーな番組見られて私たちもハッピーでした。